PANDEMONIUM/大混乱!?の現場から

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2005年 11月 26日

藤谷陽悦

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それにしても「藤谷陽悦」というお名前、何てかっこいいんだろう。
正直、学生の頃からいいお名前だなあと感じていました。

今回のOB・OG会の招待状のデザインにもそうした「藤谷陽悦」への思いを込めました。

建築史家「藤谷陽悦」教授との思い出をさらりとお話させていただくと、
大学3年生から4年生にかけての春休み、僕は2ヶ月間ヨーロッパをうろうろしてました。
西洋建築に圧倒され誠に軽はずみではありますが「歴史」に強く興味を持ちます。
最後に訪問していたロンドンから日本にいる友人に帰国の準備に入ったその旨を伝え、卒業のための研究室の希望を伝えると「ちょっと難しそう」とのこと。

まず、学校がすでに始まっているのにまだイギリスなんかでうろうろしてたこと。
研究室の募集期間がすでに終わっていたことなど、今考えてもお恥ずかしい無責任な行動の数々。


肌寒いロンドンで電話を切った後、ボックスの中で心の中に吹いたあの寒い風は今でも忘れません。

そのまま旅を続けてしまおうかと思いましたが、さすがに帰国します。
成田からそのまま大学の希望の研究室を目指しました。

建築史研究室「山口研究室」です。

学内に入れば4年生はリクルートスーツの学生がほとんどです。
そんな建築棟をトルコで犬に噛みちぎられた穴の開いた小汚い靴と格好でバックパックをしょって山口先生に会いに行きます。

はっきりいって、すんごい怒られました。
みんなの前でかなり辛辣に怒られました。
今でもはっきり覚えています。

スケッチブックを見せなさいと言われ4冊のスケッチブックを見せました。
山口先生は「君は何日間ヨーロッパへ行っていたの?」
僕「70日間くらいです」と力なく答えます。
「4冊とは少なすぎる10冊以上はかけるはずです!」

「君を研究室に迎え入れることは出来ない」


ガビ~ン!!(死語ですね)
卒業できないことが確定し、目の前が真っ暗になりました。
膝の力が抜けてふにゃふにゃになったのを今でも覚えています。

自分の無責任な身勝手な行動を恥じました。
周りのスーツ姿の同期たちの中で自分自身がものすごく小さく情けなく思えました。

そんな時、お声を掛けてくれたのが
「藤谷陽悦」先生でした。






その年から建築史研究室は2つとなり、「藤谷研究室」が誕生していました。
まったくの寝耳に水でしたが、藁にもすがる気持ちでっていうか、
もうそれはそれは藤谷先生にすがる思いで研究室に入れていただきました。

研究室への入り方はホント身を縮めての入室でしたが、入ってしまえばこっちのもん!とばかりにあっという間に態度はでかくなって(ははは)研究室の幹事を務めます。

でもそれからの卒業までの1年は研究室で本当に仲間たちとがむしゃらにやりました。本当に楽しい研究室生活だった。

そんな仲間たちとの12年ぶりの再会。
気持ちよかったなあ~

いやあ~ほんとに痺れた夜だった。
(3次会、消えてしまって申し訳ございませんでした。この場を借りてお詫びさせていただきます。)

最後に忙しい中会の準備に奔走してくれた「幹事会のよこ、くろ、サカタ、ヒロ、院生のイケムラくんマキタくん」本当にご苦労様でした。

また会に参加してくれた研究室のOB・OGの方々これまた本当に有難うございました。

最後の最後に藤谷先生教授就任おめでとうございます。
これからも近代建築史界でのご活躍を心から期待しております。
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by pandemic | 2005-11-26 23:32 | 日課牧歌


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